登校拒否、不登校のなにが悪い?ただ学校行かないだけじゃん

ぼくはすでに24歳で登校拒否もなにもないのですが、高校生のときに数ヶ月登校拒否になった記憶があります。そのときのことをふと思い出しました。

当時、ぼくは先生からも親からも「すぐに学校にくるように。さもないと…」みたいによく言われてたのですが、今でも「なんで学校行くことがそんなに重要なの?」と疑問です。おそらく現役の方々でもそう思っている人はいるでしょう。

登校拒否と不登校のなにが悪いのか教えて下さい

もう鬼のように学校の担任や、生活指導の先生から電話がきていました。親からは毎日ご飯の前とか朝とか「今日は学校行かないの?なんで?」など聞かれていました。いや、別に愛情の賜物だってのはわかるんです。わかるんだけど、逆に聞きたい。

なんで学校にいかないといけないの?なんで登校拒否は悪いことなの?

それを教えて欲しい。単位がとれないとじゃあなんなの?死ぬの?と本気で思っていたし、今でも思っています。世の中学校にいってなくても生きている人は多くいるし、学校にいったら人生幸せになれるなら、日本人はもっとハッピーな雰囲気を醸し出しているはずなんですよね。

学校にいけ!いかないとダメだ!と声高にいいますが、それって深い思慮があっていっているのか?それとも自分や周りがちゃんと学校にいっていた=それが正解という浅はかな同調圧力の賜物なのか?どっちでしょう?ぼくは後者だと思っています。

登校拒否や不登校がダメな理由を答えられる大人はいない

面と向かって「なんで学校にいかないといけないの?いったらどう幸せになれるんですか?逆にいかなかったらどうまずいんですか?」と聞いたら、おそらく明確かつ感動するような答えを浴びせてくれる親や教師はいないでしょう。

・いい大学に入れないぞ
・いい仕事につけないぞ
・みんながいっているんだから当たり前

とテンプレ通りの返答をするはず。それってそんなに重要?学歴あってもいい仕事につけないし、そもそもいい仕事の定義は?大企業?やりがいとかじゃなくて?そこまで答えられる教師はほぼいない。

学校に登校しないと得られないものってあるのか?

学校でしか得られないものってなんでしょう?学歴?それ以外でよく言われるのが、団生活の送り方だとか、友達の大事さ…ですが。それって別に他でも手に入りますよね。

もちろん、いい学校卒業したらイメージはよくなるでしょう。イメージはね。でもイメージだけで今の世の中生きていけないんですよね。実際。高卒までなら学校通わなくてもとれてしまいます。学歴を気にしない会社もいっぱいあります。イメージが通用する範囲は限りなく狭い。イメージよくってもイメージだけで大したことない人も多い。

学校で学ぶ集団生活の送り方の大事さって?

これって別に学校の外でも学べるでしょ。そもそも集団生活自体そんなに大事か?と。友人の大切さ…とかいいますが、学生時代の友人全員と10年20年経っても関ってる人っているのでしょうか?ほとんどいないでしょう。親友と呼ばれる一握りの人だけですよね。その親友だって別に学校の外でできますよ。

あれ?友人の大事さを学んでるなら、なんでみんな関係が薄くなるのでしょう?大人の言うことは不思議です。

登校拒否や不登校で精神病院行き?

登校拒否が許せなくて、親が子供を精神科にいかせるってこともあるそうです。これ、おかしいでしょ。なんで子供の問題を精神科のよくわからん先生に任せるの?ケースワーカーとかもいるけど、なにがわかるのだろう。

で、よくわからない病名つけてクスリを投与して…って。根本的になんの解決にもなっていない。ただ金かかってるだけじゃない。これってただの親が自分の言い分が正しいって子供に認めさせたいがための愚行としか思えない。

子供は親のためにいるのではありません。

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前向きな登校拒否や不登校はアリでしょ

登校拒否っていうとなんかネガティブなイメージがすごいですが、その実「ただ学校き行きたくない。もしくは意図して行っていない」だけなんですよね。別に死のうとしてるわけじゃないんだし、そんな大問題じゃないんですよ。本当は。

ただ学校に行きたくないだけなので、いかなければいいんですよ。いっそのこと学校にいかなくなったことでできた時間を有意義にすればまったく問題ない。その空いた時間で自分が本当に学びたいことを学べるようにしてもいいでしょうし。家族で旅行に行ったりしてもいい。

学校が嫌なら学校以外の居場所を探してもいい

学校の勉強がつまらないなら、子供が興味持てることをいっしょに探してもいいでしょう。やりたいことがあったら、やるでしょうし。なにかをやらせようとして「義務」にするからやりたくなくなるんですよ。義務化されたら性行為ですら人間したくなくなりますよ。

「やりたくてやる」のか「やれと言われてやる」のかでは同じことでも意味が違います。ましていじめが原因なら、その環境にいかせようとすることそのものが地獄にいけ!って言ってるようなもんです。「おー、よく頑張った!楽になれ!」くらい親も先生もフランクだといいですね。

登校拒否や不登校自体はなにも悪くない

アレルギーと同じです。自分の中で害を感じてるから、拒否するんです。正当防衛です。生理反応といっしょです。親や先生は、ただやみくもに登校拒否だー!非行だー!って騒ぐんではなくて「この子にとって学校のなにが害なのか?」をしっかり見極めてあげる必要があります。

そして学校に行くことが絶対でも前提でもないけど、どうしたいのか?をしっかり聞いてあげる。みんな学校に行くことを絶対的前提として話すぎ。学校に行きたがってないのに、なんで戻ること前提に話すの?

学校は行きたいけど◯◯が…って理由ならそれを取り除いてあげる。
学校自体がそもそも無理!…なら「行かずに別のことをしてみる」という選択肢を。

登校拒否や不登校はカレーと同じ

カレーの中のニンジンが嫌い(もしくはアレルギー)で食べないのか?そもそもカレー自体がダメなのか?と同じです。アレルギー物質を無理やり食わせたら、死にますよ。だったらそれを取り除いてあげましょうよって話。カレー以外にも食べ物はたくさんあるように、学校以外にも選択肢はあります。

例えば小説家になりたい!と言っているなら、書かせてみる。賞に出してみる。有名な作家さんに会いにいってみる。弟子入りさせてあげる…とか。

僕自身、親なのですが自分の子供にはそうしたいと考えています。子供が学校にいきたくないなら、じゃあどうするの?なにがしたいの?といっしょに探せたらいいな。義務教育時からそれでもいいくらい。学校は絶対的な存在じゃないです。

肯定的な登校拒否と不登校をしよう

学校にいかないことはなにも悪いことではありません。学校に通わなくすることでできるものもあるわけです。もっとこう、先行イメージ的なネガティブな捉え方をせずに、肯定的な登校拒否と不登校をすればいいんです。

親も子供のそれの認識をさくっと変えましょう。子供のそれを肯定しましょう。

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