拝啓15歳の君へ。高校生〜大学生の7年間はその後の数十年に等しい

拝啓,15歳の君へ。

もしも過去に手紙を送ることができるなら伝えたいことがある。それはとても重要で、でもその当時は決して気づくことのできない大事なこと。もしもできることなら、15歳のキミへ伝えたいことがある。

義務教育が終わったあとは大人だということ

義務教育という期間は15歳で終わりになる。このあとは決して学校に通う必要はなくなるんだ。ただなんとなく世間が高校大学に通うことをよしと、普通としてるからかよううわけだけど、それは義務ではなく権利であって自由。

そして義務教育が終わったその瞬間から同時に「社会人」でもあるということだ。学校に行かなかったら学生でもなんでもない社会人だ。そこは未成年であっても関係ない。社会人なんだ。

仮に学校に通っていてもそれは同じ

高校以降の学校に通ってるのは「学生」という身分を持った社会人であるということだ。会社に通ってるか学校に通ってるかとちがいだけで本質はいっしょだってこと。学生<社会人ではなく学生=社会人なんだ。

つまり中学を卒業した瞬間、ぼくらは僕らの人生に責任を持つべきなんだってこと。親に養ってもらって当たり前なのは20歳ではなく15歳までなんだ。義務教育が終わったらぼくらはいっぱしの大人でもあるってこと。

高校〜大学は貴重な猶予期間

高校や大学というのは「親が金をだして猶予期間をくれてる」に等しい。本当は社会人なのに、まだ税金も家賃も払う必要のないいい身分なのだ。「社会人属学生科」というカテゴリーにはいることで「社会人に伴う責任や負荷」を一時的に親が肩代わりしてくれてるんだ。

一度学校をやめてみたらわかる。誰も養ってくれない。若いからって特別扱いはされない。金があろうとなかろうと等しく社会人の義務は降りかかる。世の中は等し不平等なのだ。

そしてこの義務や負荷は「学生」であるうちは免れることができる。こんな素敵な猶予期間はない。会社でいえば給料は払われるけど別になんもせんくっていいよって状態だ。こんなハピネスな環境はない。これは実際に「社会」という不条理すぎる世界で揉まれると痛く痛感する。

だからみんな「学生に戻りたい」と思ったりするんだ。

高校〜大学の7年間はそのあとの数十年に等しい

一般的な人生でいえば、会社に在籍したり仕事を始めるとその時間のなさに辟易する。毎日が会社と家の往復になることの方が多い。そして自分の気分で「サボる」ことが学生と違いご法度になる。

学生はそれをしてもお咎めはない。成績悪くても大した影響はない。そんな自由な時間は人生においてこの7年間以外にはない。そしてこの7年間は本当にその先の人生を決定づけるに等しい期間だということだ。

18歳で資本金1億円の企業の代表

これを聞いてどう思うだろうか?おかしい?狂ってる?

いや、実際存在するわけでだ。けっこう探すといる。ゴロゴロいる。22歳で資産9億を持つ人間もいる。知人にもいる。ぼくと同い年で港区のタワマンの最上階に住んでる人間もいる。

経済的成功が全てではないけど、事実こういう人たちはいる。石投げればあたるくらいいるのが事実。この人たちは普通の人が社会にでていくときに、それらを束ねる側にいるわけだ。同じ人間で、同じ年数生きてるのにこの差はいったいなんだろうか?

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答えはモラトリアム(猶予期間)を生かすか無駄にするか?

彼らはモラトリアムに人とは違う勉強をした。それはマネジメントであったり金融であったりウェブでのマネタイズ方法などいろいろだ。

彼らは一般人が数学や日本史などの実用性のない学問を頑張っている間にそれらを勉強した。ありあまる時間を使い「実用的なスキル」を身につけた。その結果、一般でいう社会にでるころには圧倒的な能力を身につけてしまった。

そう、彼らは親から与えられたモラトリアムを生かしたのだ。その間に人生をしかるべき方向に自分で導いた。そしてモラトリアムのあとの人生数十年を確固たるものにした。彼らは今後、どんなことがあっても誰に頼るわけでもなく自分でいきぬいていくはずだ。

そのモラトリアムの過ごし方は有意義か?

学校の勉強は研究者にでもならない限り使わないことの方が圧倒的に多い。これは今社会でいきてる人は納得だろう。そう、モラトリアム期間に学校が与えてくれる学問は、学問であって実用的ではないのだ。

人生においてなくてもいいものにぼくらは7年間もの歳月を使っているわけだ。これは由々しき事態。

ぼくはモラトリアムを無駄にした

ぼくは15歳のころに今の考えに至らなかったため、モラトリアムを無駄にした。そしてその7年間のあと(正確には中退したので4年だが)に必死こいて頑張る以外の選択肢しかのこされていなかった。世の中は待ってくれない。一度戦場に放り出されたら嫌でも義務はのしかかってくるし、守ってはくれない。

そして今に至るわけだが、今の状態になるにはおそらくモラトリアムにやることやっていれば20歳の時点でなれていただろう。そしてそうなっていた場合、今24歳になったとしたらさらに上のレベルになっていたはずだ。

20歳で大学を完全に捨ててから紆余曲折あって、今の程度にまで届くのに4年かかったということだ。そりゃそうだ。モラトリアムから外れたら自分のために使える時間は圧倒的に減る。びっくりするくらい減る。

でもモラトリアム時代は24時間ほとんどすべての時間を自分の都合で行動できる。モラトリアムの1日はそのあとの4日間ほどの等しいといっても言い過ぎではない。

もし実現したいなにかがあるならモラトリアムを生かせ!

ということでモラトリアム期間のすばらしさはその時は気がつかないけどそれを終えたあとで嫌という程実感することになる。

この7年間は、大人が喉から手が出るほど欲しい「時間」と資産がある。これを有効活用しない手はないのだ。この7年間を無駄なく過ごせば、そのあとの30年間がリアルな話変わると言える。

拝啓15歳の君へ。

未来の自分をイメージしよう。未来の自分と会話しよう。そして、このあとの重要かつ重大な7年間をどう過ごすかをしっかり考えよう。その7年間はきみの人生を決定づける7年だ。ほかの人がどうあろうと、迎合せず自分の道を歩もう。そうしたら7年後のきみは思わぬ大成功を遂げているかもしれない。

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