高校2年の夏、ふと脳内で響いた誰かの声で人生が変わった

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f:id:luckyman0302:20160128211640j:plainいつしか聞こえたあの声はなんだったんだろう?

そういえばふと思いだしたことがあるんです。それは高2の夏。ふと脳内に「とある声」が響きました。あの声があったから今の生活をしてるんだろうなあ…と。これは本当に不思議体験だったんです。

 

高校2年の夏。優秀だった俺の脳みそで起こったこと

当時ぼくは地元の進学校に通ってたんですが、夏の超暑い日いつも通りテニスをしに家から駅までチャリこいでたんですよ。そのころのぼくは勉強はそこそこできて、将来は漠然と勉強していい仕事につくのかなーできればテニス関係の仕事したいなあなんて思ってました。

いわゆるレール通りにいきるのかな?となってたんですね。平凡な高校生でした。

 

ふと、誰かが俺に話しかけてくる

駅について改札へ向かうちょっとした道。そこを歩いてるときにふと頭の中で声がしたんです。声っていうか閃きっていうか、言語化がむずかしいんだけどなにかが語りかけてきました。

まわりを見ろ。疑問をもて

と。なんだ?って思って無視してたんだけど、どうしても忘れられくてその日からなんてことない日常に「なんで?」を持つくせをつけました。ぼくらは移動時間など、流れていく景色や風景、人をひとつの映画のシーンのようにただ見送ってるんだけどそれを違う視点から見るようにしたんですね。

 

気がついた違和感

当時のぼくは、高校を卒業して大学いって…就職して…という道を歩むんだろう。と勝手におもっていました。そんで家族ができて結婚してオギャっと子供もできて…と。それが幸せだし、あたりまえだし。みんなそうするんだろうなって。勝手に思い込んでました。 

ただ、ふとテニス帰りの電車で乗客の様子を観察してみたときに気がついたことがあったんです。

 

あれ?なんでそんなに疲れてるの?

と。なんていうんかその、仕事で疲れてる肉体的なものでなくて、こう、覇気がないっていうか目に色がないというか。わかるかな。

精神的に疲れてるというかなんかそんな感じ。幸福そうな人が少ないことに気づいたんです。でもさ、大人の人たちはぼくら子供よりもお金もあるし行動範囲も広い。いろいろできるはずやん?と。なのになぜこんなに疲れた目をしてるんだろう?なんでこんなに覇気がないんだろう?と。

すんごく疑問に感じたんです。

 

ため息の多い大人たち

駅のホームでふとみみをすましたとき、聞こえたのは学生のキャイキャイ声と、雑音と、ため息。ん?ため息。ゴッドブレスユー…じゃなくて、どうした?と。

なぜそんなにため息をつくの?なんかあったの?なんでなんだろうか。と無邪気(?)な16歳井上は感じたのです。そして父親もたまに深いため息をついてた。きっと大変なんだろう。ここまで育ててくれてありがとう(今ではおもってる)って感じだけど、なんでしょう。駅のホームの大人たちには幸福感<消耗感だったんですよ。

あれ?もしかして俺の見てる大人の生き方は幸せとは限らないのかも

この仮説が生まれました。誰もがなんとなく、そうなんとなく歩んで行く道は、幸せではないのかもしれない。正しくはみんながみんな幸せになれるわけではないのかも。むしろしんどい道なのもしれないな。と。

そして聞いてみた。先生に。「先生はなぜ先生になったの?」と。ズバリ。そしたら「え?んーそれはな…ごにょごにょ」という返事。もちろん「子供が好きだ!」とかそういう答えもあったけれどなんだろう半分くらいは「大学で教員試験受かったから…」とかそういうのもあった。

 

そしてそういう曖昧さのある人は幸福感がない

曖昧な表現をした大人たちはどこか幸福感を感じなかった。多感な青春時代のぼくはそういうのは敏感で「あ、この人楽しんでるんだな」って人はわかるんだけど、めんどくさがってるなこの人っていうのも同様に感じた。

そこで高校生のぼくなりに考えた結果「思うがままに生きてるかどうか?」はとても重要なのだとわかった。

 

やりたいことをやる重要性

やりたいことができてる人は総じて輝いている。逆にやりたいことができず抑圧されて仕方なくなにかをやってる人はどんどん輝きを失っていく。

これはサラリーマンがどうとかの話ではなく「それ含め自ら望んでるか?」ということだ。サラリーマンでも自分が選んだ仕事を心から楽しんでる人はそこらの事業主よりも輝いている。

もしかしたら大人になってからの幸福度というのはここで変わってくるのかもしれない。感じた。

 

そこから進路をすごく考えるようになった

その事実(?)に気づいてから将来をすごく考えるようになった。周りはウェイウェイパコパコやってるけど、そんな気になれなかった。今この瞬間が将来を作ってると考えるとどうしても深く考えずにはいられない。

はたしてぼくは大学にいって、就職したいのだろうか?ただでさえ学校に1限目から通うのがストレスでしかないのに、その人生を全うできるのだろうか?「仕方ない」といって妥協できるんだろうか?

 

いや、無理だ。ぼくはぼくのペースで生きていたい。やりたいことをやりたい。

 

 

そうして様々なものを「捨てた」

そこからはまず「勉強」を捨ててみた。机上の勉強は自分の将来にはほぼ役に立たないと感じたからだ。確率の方程式覚えたところで使う気がしない。日本史勉強したところで使う気がしない。

それなら今は好きなテニスに全ての時間を使いたい。1点テストの成績あげるなら、1試合でも多く勝てるほうが自分の先につながる。そう考えてテニスに没頭した。

 

なんとなく「会社勤め」はしないんだろうなと理解した

テニスを一通りやって、食えるレベルには到底なれないとわかったとき、じゃあどうするか?どうなるか?を考えたけどイメージがわかなかった。少なくともスーツをきて仕事してる姿はイメージできなかった。制服すら嫌いだったぼくにはそれは地獄な気がした。

だからきっと会社勤めはしないんだろうと自分の将来を予測した。かといって今この場でこうなりたい!がないからとりあえず大学を目指した。

 

そして大学も捨てた

大学1年の夏、大学に見切りをつけた。まだ先は見えないけど「大学の先になにも見えない」のですぐにやめて社会に出てみた。そこからいろんな人に迷惑をかけたけれどいろんな経験ができた。お金を稼ぐことの大変さや、お金のない苦しみも体験した。

ただ、それでもイメージのわくものが見つからなかった。あれこれ体験する毎日を1~2年ほど繰り返して気がついた。

「俺はなにかに、何者かになりたいというものがないんだ」と。

のこった感情は「何者でもなくただ自分の思うがままにフラフラと生きていたいんだ」というもの。ぼくは「なにかになりたい」んじゃなくて「ぼくらしくありたい」だけだったんだということ。なにをしてもいいけど自分の思うように生きていたいということ。そう、厨二病だ。

 

16歳の自分から見て、今のぼくは魅力的だろうか?

それから紆余曲折あったけれど、今のぼくは16歳のぼくからみて幸福そうに生きているだろうか?それだけがぼくの道しるべだ。それしか判断基準がない。様々なおとなを反面教師にして道をそれてきたわけだけど、今のぼくは少しずつ目指してる位置に進んでるのだろうか?

すくなくとも、失ったものと=になるくらい手に入れたものも多い。言えることは、あの16の夏に聞こえた声はぼくを正しい方向に導いてくれてるってこと。もしあのまま学校を出てとりあえず就職していたらきっとぼくは今頃死にたくなっていたと思う。

サラリーマンが嫌なんじゃない。やりたいようにできないからだ。あのときに聞こえた声のおかげでその道を踏み外すことができた。今後もぼくは、あの夏に聞こえた声を頼りに生きて行く。