20歳でベンチャー企業で社畜だったぼくが、社畜で心底よかったと思うこと

ぼくは20~21歳の間、ベンチャー企業で社畜生活を送ってた。朝の9時〜朝の4時まで勤務な感じだ。さらに休日出社当たり前。有給?取れると思ってるん?って感じだ。

一般的には最悪だ!ブラックだ!と呼ばれる勤務環境なわけだけど、ぼくはこの苦痛を経験してよかったと心底感じている。少なくとも、この1年半がなければ今のぼくは絶対いないのだ。

簡単にいうと、社畜時代はぼくのルーツになってるといっても過言ではない。

20歳でベンチャー企業で社畜を経験してよかったこと

ぼくは今は本当に当時の会社に感謝してる。社長にも当時の上司にも、だ。今はもう倒産してしまったけれど、今でもその会社で学んだスピリットは心にざっくり刻み込まれている。

当時は禿げそうだったけど、今はこう考えられる。「ああ、ぼくは社畜だったのではない。修行をしていたのだ。」と。

以下に、ぼくがそう思ってやまない理由をあげておく。参考にしてみてほしい。

 

ビジネススキルが超短期間でついた

20歳のぼくはなんももっていなかった。仕事のスキル?そんなのバイトで注文取ってくる程度のことしかできない。そんなぼくが、1年で組織運営するレベルまで成長したのだ。

自分の倍生きている人を使い、メンタル弱い若い衆をうまく使うことを覚え、売上管理から教育、店舗運営、売上目標の重要性やそれを部下へコミットさせる方法。そしてネットを使って顧客を掴む方法や、対面セールスでの人間関係構築法や、そこで決断させるクロージング。

ベンチャー企業だったから、一人頭のやることが頭おかしいレベルで多かったのだ。よって、ひとりでいろんなことをするしかなかった。営業、マーケティング、運営、マネジメント、マネー管理。否が応でも、経験するしかなかった。

だから、1年半で5年間働いたに等しいレベルのスキルがついた。それが今後どう生きるかは不明だけれど、少なくとも独立してここまで完全黒字なのはそういう土台ができていたからだと思う。

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ビジネススキルは、経験からしか身につかない

本などで勉強してる人は多いけど、それ意味ないから。

なんせその内容は実践して初めて身になる。つまり、経験しないことにはただの情報の域を出ない。スキルではないのだ。逆に、本なんて読まなくっても「やらざるを得ない」ってノリでやったらスキルは嫌でも身につく。

けっきょく人は体で覚える方が早いのだ。ただの情報デブで終わってる人は超多い。さっさとやれよと言いたい。ナンパしたいならナンパした方が早いのだ。営業極めたいならつべこべ言わず営業する方が早いのだ。実践ほど学べる場はない。

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年功序列思考がぶっこわれた

ベンチャー企業は実力主義だ。

40代の立派なおっさんより、数字出すやつがえらい。非常にシンプル。よって結果出してれば、おっさんを使うことになる。女男も関係ない。実力ないなら従え。これだ。

で、こんな世界で生きてると「年齢、過去の経験、肩書き」などでなんも感じなくなる。

どんな過去にすげえ経験してようが歳食ってようが「今」どうなの?今なにができんの?それだけ。で、自分より実力ないならこっちが上。それだけ。歳?それが?なにか?だ。

それが人間的にどうか?というのは別として、そういう貫禄あるおっさんたいしてまったく動じないマインドが身についた。それは今でも生きている。だからどこぞの会社の代表とか言ってても「で?それが?」という姿勢で臨めるから緊張しない。

ぼくが緊張するのは美女の前だけだ。

 

「成果」にコミットできるようになった

年齢でどうこうがないから、成果を出すことが正義なのだ。だから、成果だけにフォーカスして考える癖がついた。そのプロセスはけっこうどうでもいい。どんな裏技使っても、成果を出したものが強いという現実を知った。

馴れ合い、無駄な人間関係、友情、愛情。ビジネスの世界でいえばこれらはあんまり意味がない。

もちろんプライベートは違うけれど、ビジネスの世界でいえばいい意味でそういうドライさが身についたのは強いと思う。今でも仕事に関してはかなりドライだ。よって長ったらしい結論の出ない会議とか、馴れ合いミーティングとか、超だるいわけだ。

その時間でいくら作れる?と考えることができるようになった。時間にシビアになったのだ。

 

嫌なことに耐える根性、精神力がついた

正直いえば、ぼくはなにもしたくないひとだ。なにもしないようになるために、今なんかしてるって感じだ。それがぼくの本質。

でも、人間にはときに「きついけど、やらねばならぬ」というフェーズが一度は訪れる。そんときは泥水すすってでも、やらねばならないのだ。誰も助けてはくれない。家族ができて、金稼げなくて養えませんwwwというのは基本的に通用しない。

なにかを守るためには、どうしてもなにかを犠牲にして歯食いしばって頑張らんといけないフェーズがある。いろいろ言い訳つけるのは簡単だけど、

  1. 男には!
  2. やらなきゃならねえ!!
  3. ときがある!!!!

わけだ。

働きたくないぼくが、社畜を経験することによってそれを歯食いしばってやりとげる根性とメンタルが身についた。それは今でも生きてる。多少の失敗だとか、そういうのでへこたれない。あのとき以上のしんどさはそうそうないからだ。

 

甘ったるいこと言ってんじゃねえよ

たまに「好きなことを〜、好きなようにしてえ〜、生きていきたいんす〜www」とかいうゆるノリを見かけるが、いうだけのひとを見ると反吐がでる。そこまでにいくためになにしてるん?という感じだ。

その生き方はすばらしいけど「で?じゃあそのために今どうしてるの?」なのだ。それを手に入れるために歯食いしばれんの?腹に一本の槍くくれんの?というわけだ。

たまに「嫌なことはしなくていい。努力だってしなくていい」とかいうすごいひとの論調を見るけど、そう言ってる奴は大抵努力してっからね?あんたは努力せずにそのレベルなの?

人間みんながそれで自己実現なんてできたら、誰も自殺なんてしないの。

 

社畜をすることで二重人格が形成された

ぼくに会ったコトのあるひとはわかるけど、普段のぼくは激ゆるだ。なにもかんがえてない。話す内容も下ネタとかそんなもんしか話さない。オフモードが素なんだけれど。そっちはただの25歳の男子なのだ。ふわふわ生きてる。寝てる時外眠いのだ。

ただ、同時に裏人格も存在するようになった。

そっちはすごくシビアで、努力家な自分。目的をやりとげるためにはありとあらゆる手を使う自分。根性論精神論大好きな自分。甘ったるい考えの奴が大嫌いな自分。表面には一切出さないけど、自分ごとにたいしてはいつでもそうな自分ができた。もちろん、ひとには押し付けないけど。

もともとダメ人人間の自分に、そういうシビア人格ができたことでバランスがよくなったのだ。うまくスイッチを替えることができるようになった。もともとのぼくはなにもしたくない人だから。

 

20歳でベンチャー企業で社畜になって本当に良かった!

あのままフリーターみたいな生き方してたらどうなってたか?はわかんないけど、たぶん今の自分は存在しないはず。

もしかしたらなにもできないまま、ふらふら生きてたかもしれない。夢ばかり見て、お花畑系男子になってたかもね。

でも、つまらん男…って思われるかもしれんけど、現実をシビアに見る目がついた。そのために今自分がなにをすべきなのか?を判断する目がついた。そしてそれをやりとげるメンタルもついた。好きなことだけで人間生きれたらこの世はとっくにユートピアだよ?っていう冷めた考えもできるようになった。

そんな考えが今後必要か?は知らないけど、ただそういう黒い面は人生をいい方向にバランスよく導いてくれてる気がしてならない。夢はないけど、野心はあるって感じかなあ。うまく言えないけど。

今後もぼくはなにもしたくない自分と、ゴリゴリ肉食な自分のA面B面を交互に繰り返していきていく。

 

みんなブラックとか社畜とか避けるけど、視点変えたら学べる部分は多いから一発経験してみるのもありだよ。特に甘ったるい考えでいきてる人は。超刺激的だからおすすめ。

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