移動時間は無駄。移動時間に頭が冴えるのは自己満足でしかない

最近本気で思っていることがある。それが「移動時間って無駄だよね」ということだ。4月に入ってから移動することがなぜか多くなったことで、より強く思うようになった。

よく移動時間は頭が冴える…と聞くが、それは気分的な問題だ。どっちかというと移動時間は疲れる要素の方が多い。ノマドを素敵にみせるための演出なんじゃないか?とぼくは思っている。

移動時間は頭が冴える?むしろ眠い

ぼくは免許も車もないし必要と思っていないので基本的には他人の力を使って移動する。そう、タクシーや電車やバスや飛行機だ。お金で時間が手に入るならめんどうな運転なんて人にやってもらえばいいわけだ。

あ、誤解のないように言うがぼくを乗せて温情で運転してくれる知人には感謝してる。いつもありがとうございます。

で、この移動時間だけど、ぼくの場合人に運んでもらっても疲れる。非常に疲れる。頭なんて使ったらもっと疲れてしまう。というかいうほど頭が冴えないのだ。

移動時間はなにかしら気が散る

例えば飛行機。ぼくは個人的にでかけるときは基本いい席をとるようにしてるのだけど(誰かにお金出してもらうときは究極に切り詰める)、基本的に飛行機はひとりになれない。ファーストクラスならまあともかくとして、ビジネス以下はだいたい近くに誰かいる。

乗務員さんが気を使ってなんか言ってくる。

このひとつひとつが、ちょいちょい気が散るのだ。もちろん人によるけど、ぼくはなんか考え事したりするとすれば、ひとりで音のない空間にいたい。無意識が雑音などをキャッチする。そして単純に疲れる。密室に閉じこもって動けない感じがたまらなくしんどい。

そもそも移動=動いてるので疲労がたまるだけ

移動生活…というと聞こえはいいのだけど、それって動いてる間普通に疲れるよねって話だ。人はおもしろいことに、動けばどんな動き方だって疲れるようにできている。それが人に動かしてもらってたとしても疲れる

だからバスでも寝ちゃうわけだ。

自分が歩く走るをしなくっても、ただ空間を移動してるだけで疲れるようにできているのだ。

疲労がたまるのに頭が冴えるわけがない

人は疲れたらだるくなる。眠くなる。

そんな中で頭が冴えるわけがないのだ。それはただ「移動してるときになんかプラン練ってる俺、かっこよくね?」という意識の問題だ。ちなみにいいか?本当にかっこいいのは移動中に考え事も作業もする必要のない状態のことをいうのだ。というか移動を必要としない生き方をいうのだ。

あくまで空間演出的な効果なだけであって、実際は頭が冴えるどころか眠くなるだけ。本を読むのもしんどい。少なくともぼくは移動中はだるくてだるくて仕方ない。考えることはただひとつ「はよつかないかな?それか帰りたい」だ。

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移動しなくっても頭は冴えるという事実

頭は移動しなくっても冴える。というか移動しないとできないことがまずない。大抵のことは移動しなくってもできることだ。

何度もいうが、移動してるときに頭が冴えるとかそんなん気分の問題だ。というか金銭的コスパ、時間的コスパとして考えても「移動しない」方がいい。疲れず同じことができる。

現代は移動せずにやれることの方が多い。もはや移動するという概念が古い概念だと感じてしまう。今後の時代はいかに移動せずあれこれやれるかの方が重要だ。移動はもう古い。オンラインを通じてどこにでもいける時代に、どうして移動する必要があるのだろうか?

今後「移動」という概念自体が消えていく

テクノロジーは進化している。聞いた話によると30年近く前に空飛ぶ車自体はできている。一般化ができてないだけだ。そしてメガネをかけると空間にスマホの操作画面みたいのが出てくるあれもテクノロジーとしてはできているそうだ。

ヒキコモリズムはSF映画は未来を写しているとかんがえている。ということはおそらく今後、早ければぼくが死ぬ前にこんなことができるようになるはずだ。

  • 物体のワープ
  • 素粒子レベルに分解し、インターネットを通して転送
  • 空間をつなげる(どこでもドア的な)

もちろんこれも移動っちゃ移動なのだけど、労力や時間的コストはどんどん下がっていくはずだ。究極どこでもドア作れば玄関から出たら目的地…なんてことになる。これはもはや移動というかなんというか…って感じだろう。

引きこもりながらどこかいける…という時代がくるはずだ。つまり移動も国境もないわけだ。そんな時代がくるというのに、移動なんてめんどくさいことをするのは車があるのに馬にのるようなものだ。

移動時間に頭が冴えるというのは自己満足

まとめるとこれだ。移動時間じゃなくても頭は冴えるし、作業もはかどる。こんなこと言ってるのはノマドを美化してるか?ノマドな自分に酔ってるか?のどっちかだ。そしてそれに憧れる人が多すぎて人間って単純だなって思う。移動させる側の方がかっこよくないか?

ぼくの知人に「俺に会いたければこの国まで来やがれ!!」って人がいて、マジでいっちゃう人が多いわけだけど、すごい憧れる。ノマドより移動せずことが済む人の方がレベル高いわけだよ

移動は本気でコストに見合わないくらい疲れる

実際1週間ほど移動生活をしてみてほしい。びっくりするくらい疲れる。個人差はあるだろうがぼくは終わったあとドロのように眠ってしまい記憶がない。

で、今引きこもり再開してこの記事を書いてるが、まあいろんなことがはかどる!!やっぱり引きこもりってすごい合理的かつ効率のいい生き方だ。燃費がいい。燃費が。そもそも燃やさなくていいんだから。

移動しなければ、金銭的、時間的コストが一切かからない。体力コストもかからない

もう、移動は無駄だってことに移動生活に憧れる人は気付いたら?と思うわけだ。移動させる側に回ろうぜって話。その点、イケダハヤトさんはすごいよな〜と感じる。

まだ移動生活に憧れてるの?

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