知人がほぼいないハイパーリバ邸の活動をぼくが応援するわけ

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そういえばすっかり書き忘れてけど、先日ハイパーリバ邸にいってきた。ここは家入一真さんのリバ邸インスパイアの現代の駆け込み寺としてのシェアハウスだ。んで、ぼくはこのハイパーリバ邸のクラウドファンディング企画のパトロンだ。

>>ハイパーリバ邸のクラウドファンディングを始めます!

正直いうと、この家の住民の過半数の人のことをぼくは知らない。関係性もない。会ったことあるとしても1回で合計3時間程度で、正直いうほど知ってる人はいない。そしてぼくは人の集まりが苦手だから、たぶんここのコンセンプトである以下のようなお世話になることもないだろう。

家と会社(学校)に居場所が無かったり、生きていて孤独さを味わっている人々が訪れれる「第三の居場所」を作ること。この活動に、ぼくは大変な社会的意義があると考えています。

それでもぼくはここの活動をひっそり応援してるし、たぶんし続ける。ちまたではアンチな意見も多いけど、ぼくは応援しようと思う。この記事ではその理由をまとめてみる。

ハイパーリバ邸は、確かに誰でも受け入れる器があった

ぼくがハイパーリバ邸にいったのは8月末くらい。そこで家主の宮森はやとさんといろいろ話した。話した内容は正直ほっとんど忘れた(笑)けど、なんかいい話をしたような気がする。

で、その中で印象に残ったのはその家の雰囲気だ。

ハイパーリバ邸のいい意味で適当な雰囲気

なんせ家主の宮森はやとさんは昼間っから酒を飲み続けてた。ぼくがお邪魔したときにすでに飲んでた。そして帰るまでひたすら酒の缶を開け続けるのみっぷり。

正直言おう。めっちゃ自堕落だ。たぶん頭固いサラリーマンがきたら「こいつなめてる…」とか思ってしまうレベルだ。でも、ぼくはそこがすごくいいところだなあと思ったのね。これがないと「悩んでる人が気軽にこれるサードプレイス」にはなり得ない。

ミラーニューロンが働く

仮にハイパーリバ邸の人らがきっちりとおもてなしみたいなことをしてたら、もしぼくが初めてお邪魔したとしたら正直身構えてしまう。「なんかいろいろしてくれてるし…」みたいになる。たぶん、一般社会に馴染めないような素直すぎる人だったらなおさらだ。

そしてぼくも、正直緊張してたひとりだ。家の場所に迷ってるふりして「ほんとに俺がいっていいのかな?なんか嫌がられたりしないかな?」とウジウジしてたもんね。なぜならぼくはコミュ障だ。見知らぬ人がいっぱいいる家に行くのは、紐なしバンジーレベルの恐怖なわけだ。

人はミラーニューロンがあり、相手の雰囲気に無意識的に合わせることをする。もし宮森さんはじめメンツの全てがちゃんとしてたら、ぼくのようなコミュ障は居心地悪すぎてサードプレイスどころの騒ぎじゃない。

でも宮森さんみたいに寝癖のまま、酒をあおってるだけの存在がそこにいたらどうだろう?いい意味で拍子抜けする。そして「あ、これでいいんだ」って思えるだろう。ぼくは酒飲めないからアレだけど、飲めたら乾杯したかったなあ。

自由すぎる住民たちが気楽にさせてくれる

ぼくがお邪魔するときにいたのは7名(あれ?6名)のうちの2人だけ。あとから2人きたけど。もしこれが、玄関あけた瞬間に全員いたらビビる。さらにぼくが帰るまで同じ空間にいてくれちゃったらそれこそすんません…ってなる。

でも、それぞれが用事あってサクサクいなくなってくれるし、誰も気を使わないでいてくれるから、こっちも気を遣わなくっていいのだ。これって大事なことだよね。(いや、たぶんぼくの雰囲気上、絶対気を遣わせたと思うけど)

だから逆にぼくもぼくの都合でいていいって気になる。その証拠に人様の家なのに「ちょっと打ち合わせしていっすか?」といっても「おお!どうぞどうぞ!」とOKくれた。

こんな感じで、常識とか礼儀とかそういうめんどくせーものをとっぱらった意味でハイパーリバ邸には圧倒的にラフで自由な風土がある。サードプレイスになるなら、こういうゆるさが重要だ。だから、すばらしいなって。この家に「社会通念上の真面目さや礼儀を求める人」はこの家のよさを潰すからやめたげてほしいなあ。

ハイパーリバ邸は「あ、俺もこんなんでいいんだ」と思わせてくれる場所に確かになってた。

ハイパーリバ邸にはTakerがいない

ハイパーリバ邸には、見返りを求める文化がないような感じがする。誰もがTakerでもない。Giverでもないかもしれないけど。あ、前者は利益とることを重要としてて、後者は与えることをよしとする人ね。

人は見返りを求める生き物で、基本的にはTakerだ。Giverは少なく、いてもMacher(与えたぶんの見返りを求める人)だ。そんでリバ邸の人たちは、与えよう!というのもないだろうけど、取ろう!ってこともしてこない。中間観測地って感じ。

相談すれば答えてくれるし、そこに料金は発生しない。逆にこっちが与える必要性もない。かといって、求める筋合いもない。そして向こうが求めてきても答える義理もないけど、なんか応えたい。そういうなんともいえないいい意味のふわふわ感がある。

だからこそ「出資したんだから!」ともならない

そういう不思議な文化があるから、たぶんパトロンの中で「出資したんだから!」ってなってる人もいないはず。そしてリバ邸も「出資されたんだから!」みたいなことにはなってない。

与えたいから与えるし、与えてくれたものはありがたく頂戴する。

っていう文化。遠慮もしないし、遠慮させることもしない。これってすごく大事なことやと思うのよね。現代はなにするにしても交換条件出される時代でしょ。だからこういう無償のGIVEで成り立つ空間って、今後の貨幣経済の雲行き怪しい時代において非常に意味があるって個人的には思ってる。

ハイパーリバ邸のパワーのあるブロガーさんたちが、このままでいてくれることを祈る

ハイパーリバ邸の人たちは、ブロガーとしてもパワーがめっちゃある。PVだって収益だって、そこらへんの人より多いだろう。たぶん、今後どんどん有名になっていくはず。

でも今のいい意味で「普通で、適当で、家主が自堕落」なままでいてほしいなあって。有名になるとそのぶんの有名税的ななストレスも出てくるし、逆に名前が売れてるからこその甘い汁も吸うこととなるはず。そうなると人は変わりやすい。与えられることが当たり前!みたいになったりする。

ここにいる住民の方々には、今の雰囲気のままでいてほしいなって思ったり。きっと多くの人が出たり入ったりするからね。

今後もヒキコモリズムはハイパーリバ邸を応援します!

ぼくは住民の方々のファンでもないし、過半数は「てか誰っすか?」ってレベルで知らない人たちなんだけど。ぼくは今後も応援すると決めている。

その理由は「この空間は今後必要だ」と感じてるから。一般社会でどうにもならなくてどうにかなっちゃいそうな人とか、闇の時代に突入してしまって路頭に迷いそうな人が気軽に立ち寄れる空間は本当に必要。

学校でなじめなくって自殺する人、会社でうまくいかなくって死にたい人。事業をやったけど失敗して路頭に迷いそうな人、夢に向かって頑張ってるけど報われなくってしんどい生活してる人。

現代はそういう人たちの居場所がマジでない。どこいくにも金はかかるし、お金ないといえば他の対価を求められる。生活保護だって受けられなかったりする。実家族とも疎遠で頼れないなんて人もいる。そして行き着く先はリアルに死だったりするし、ぼく自身がまさにそうだった。

だから、この空間がそういう人たちが「これでいい」と思える第三の居場所になることを心から願っていて、昔のぼくのような人間がそこで少しでも救われていったらなと思うわけで。

そんな感じ。あ、そういえばハイパーリバ邸のブログができたんだってさ。みんなほしいものリストに上がったもの送りつけるといいよ!

▲エアコンの右にヒキコモリズムが引きこもっててワロタ

▲エアコンの右にヒキコモリズムが引きこもっててワロタ。わかってらっしゃる。