結婚は人生の墓場!?結婚で得るもの失うものを全力で語ろう。

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どうも!ブロガーのヒキコモリズム井上(@luckyman0302)だ。

ぼくはバツイチだ。そして現在は結婚はしてないけど子供もいる事実婚関係で生活している。ただ、なにも困ってはいない。結婚は役所の手続き以上でも以下でもなくって、別に家庭生活にはしてようがしてまいが影響はまったくない。いやこれほんとにね。

参照:結婚無意味説。結婚は幸せな家族を作り家庭を営むにはなくてもいい制度

ただ、結婚することや家庭を持つことで確かにもろもろ変化はする。この記事では、結婚で得るもの失うものを話題にしようと思う。

結婚は墓場?結婚で失うもの

たぶん、現在独身の人はこっちのほうが気になるはずだ。結婚したらどうマイナスが起きるのか?バツイチ経験をしたぼくがいろいろ語るから勝手に参考にしてみてほしい。

結婚で失うもの① 自分勝手にできる自由

これは「自分勝手に生きる」という意味での自由のことね。結婚したり家族をもっても自由は自由だよ。でも、自分の一存だけでの判断はできないよってこと。とくに子供がいるとね。「あ、明日ドバイ行きたい!」と思っても、家族、とくに子供の負担を考えるとな〜…という意味だ。

ここは独身のほうが圧倒的に自由度は高い。よくもわるくもひとりだからね。なにかあったときに傷つくのも自分だけだし、怖いものはなにもない。でも、子供もいると例えばちょっとディープな国にいってくらあ!ってことはなかなかできない。

「ひとりでいけばよくね?」って思うだろうけど、それは家族に心配をかけるし、家のことを相方子供に押し付けてくるってことになるのだ。結果としてね。

だから、とにかく自分勝手に生きてきたい!って方は、結婚はおろか家族を持たないほうがいい。家族をもっても家族のことを考えないお父さんになるか?または家庭崩壊を起こしてしまうことがある。

結婚で失うもの② お金の自由

もちろん、自分が財布を握ってれば自由に使える。

ただ、とくに結婚をした場合「共有財産」になるという認識だ。細かく言えば結婚前の財産はそうはならないんだけど、収入も支出も共有ものとなるわけだ。負債も同じだ。そうなると「ひとりのお金」ではなくなる。

ってことは、基本的には自分の思う通りに使えなくなる。逆に自分の思うような使い方をしてくれなくなることもある。自分は一切使ってないのに、請求が謎にめっちゃきたんだけど現象が起こることもある。それでも「知らねえよ。払わないからね?」とはいえない。

それが借金であったらなおさらだ。

結婚で失うもの③ 自分の時間

独身であれば、自分の時間は完全に自分のコントロール化における。つまり24時間全部自分のものだ。でもパートナーと子供がいるとそうはいかない。なぜならそれらは自分ではない存在だから、自分の都合では動かない。

子供は普通に夜起きるし、朝だってこちらの都合では起きない。

そうなると自分の時間を自分のコントロール化にはおけなくなる。休日の家族サービスという行為だって、言ってしまえば自分の時間ではないわけだ。「あー今日は家で漫画読んでたいな」と思っても、そうできないことがある。

そう考えると世の中のお母さんすげえからみんな尊敬しようね。お父さんが外に仕事にでてる場合、家事育児全部やってるわけだから自分の時間本気でないだろうからね。専業主婦って相当な時間働いてるよ。

結婚で失うもの④ 男女の関係性

結婚したり、しなくても家族となると一気に関係性が変わる。そこから先は男女の関係<家族としての関係になる。子供がいれば父と母の役割にチェンジする。

もちろん変わらない人もいるだろうけれど、大抵は男女の関係ではなくなる。

結婚前は見なかった価値観の違いを見ざるを得なくなる

これ。彼氏彼女でいちゃついてればいいだけのときは「あくまで恋愛関係だけど他人」という線引きができる。相手の欠陥は見なくってもいいわけだ。だって、自分が責任を取る必要がないから。

各自で自分のお金を使えばいいし、自分の時間も確保できる。家事なども普段見えない部分だから関係ない。

けど同居を始めたり、家族として生活しだすと今まで見えなかったそれらが気になりはじめる。もしあなたが大の綺麗好きで、ものは少なく、いつも整理整頓されてる空間が好きだとして、相方さんがちらかしまくって整理整頓しない人だったらどうだろう?

「なんなのマジで!!」

となるはずだ。もちろん、他人だから仕方ない…と割り切ってもそれはストレスに感じるだろう。それは別居してれば見えない部分だ。でも同居したら嫌でも見えてしまう。お金の価値観だってそうだ。

同居したり、結婚や家族ができることで今まで気にしなかった部分や価値観の違いに直面する。そのときにあなたは彼氏彼女のときと同じ目線で相方を見れるだろうか?

これは男女関係ない話題です

結婚は天国!?結婚で得るもの

さて、今まで失うものを書きまくってけど次に得るものを書いていこうと思う。ぼくはこっちに注目してほしいなと。結婚は一歩違えれば墓場だけど、そうとも限らない。いい面だってあるのだ。

結婚で得るもの① 孤独じゃなくなる

例外としてぼくのような無類の一人好きで、ひとりっきりでもガチでなにも苦じゃないと感じる人もいる。だけど基本的には人間って群れたい生き物で、コミュニティを求める。なんだかんだ誰かと一緒にいたくなるものだ。

その意味では、結婚や家庭をもつことは確実に孤独ではなくなる。なぜなら家には家族がいることが「当たり前」になるからだ。まあそうなると今度はひとりが恋しくなったりするから人間ってめんどくさいなんだけどね。

ただ、離婚して数ヶ月、今まで家族がいた家にひとりになったことがあったけどあれはすんごいさみしいよ。「あ、俺孤独になった」と感じてそのときはすこし泣いた。まあ、ヒキコモリズムにも情はあったんだなと。

結婚で得るもの② 器がでかくなる

というか器をでかくせざるとえないわけだ。なんせ価値観のちがう赤の他人と一つ屋根のしたで暮らすわけだから、どんな優しい人でも「イライラするとき」はけっこうある。

でもそこでいちいち怒ってたらしんどいし、疲れ続ける。だから「自分でない異分子がなにかやらかしてもとりあえず受け止める」ということをせざるをえなくなる。そうすると、それを受け止めるだけの器をゲットするために人間的に成長せざるをえなくなる。

その結果、器が大きくなるのだ。よく同じ年齢だけど結婚や家庭を持った経験があるのとないのでは全然雰囲気が違ったりするのはそういうこと。ドッシリするというか。余裕があるというか。最近バツイチの人がモテるのってそういうことなんじゃないかな。

結婚で得るもの③ 無償の愛

とくに子供がいるとこれは身につく。なんせ子供はなにも見返りをくれることはない。というか「育ててやってんだから!」なんて言えない。ダサい。

よく「育ててやってんだから感謝しろ!恩返ししろ!」っていう親に「じゃあ産まなきゃいいじゃん!親なんだから育てるの当たり前だろ!」と言い返し喧嘩する親子の話を聞くけど、これほどおかしな話はないよね。

親は子に対して育てる責任は当たり前にある。18歳くらいならほっといても生きていけるかもしれないけど、小さい子供は無理。それなのに見返り前提で子育てするのは変でしょ。

だから、親は無償の愛を覚える必要がある

子は子自身のために生まれてきて、親のために生きることはない。それは親の都合のいい妄想なのだ。産んだから感謝しろ!ってのは論理破綻してる。だって、産むかどうかは親自身の判断でしょ。それを子に押し付けちゃいけない。

親は子に対して「見返りを求めない愛」を捧げる必要があって、親はそれをしっかり喜んで与える必要がある。子供が「死ね!」とかいってきても、だ。それでも親は子を守り、育てていく。でも、見返りは求めてはいけない。

そんである程度の年齢になったときに「あとは好きにやんなさい」とそっと背中を押してあげて、それができる土台を整えてあげる必要がある。そこにも見返りは求めない。

今まで育ててやったんだから将来は親に尽くせ!っていう理屈は「今まで教育に2000万円かかったんだからそれを5000万円にして返せ!」と言ってる感じだ。闇金かよ。

無償の愛を覚えると他人にも優しくなれる

子供に対して無償の愛を提供できるようになると、他人にも同じように無償の愛を提供できるようになる。それは人にお金や時間を使ったりすることでもあるし、または違う形でもある。

それがない人はこう考える。

  • こいつにこうしてあげたらこいつはなにしてくれる?
  • こいつに金投げたら、いくらになって帰ってくる?
  • こいつにいい顔しておけばあとでいい思いできそうだからとりあえず仲良くしとくか

みたいな。もちろんこれは処世術としてはいいけど、こう聞きたい。そこに愛はあるのかい?と。他人は自分のためには生きてくれない。どんなに打算的に優しくしても、それに答えるかどうかは相手次第だ。

そこに期待しても、無意味だ。他人に期待してもなにも生まれない

見返りを一切期待しないGIVEができる人はなかなかいない。ぼくは子育てをし始めてから、それができるようになった。この記事書いた今月ですら、たぶん一般的な人の食事代くらいは他人に使ってる気がする。

でも見返りなんてたぶんない。ありがとうだってたぶんない。でも人間なんてそんなもので、無償の愛ってのは自己満足なのだ。それを結婚や子育てからは学ぶことができる。

結婚で得るもの④ 頑張る気力

人は自分のために頑張るのには限界がある。なんせひとりの身を守ることは意外とカンタンだからだ。自分が仮にこけても自分がきつくなるだけで、そこに大したプレッシャーはない。

でも守るべきものができると、自分以外も守れるようになんないといけなくなる。経済的にもなににしても。そこで、そのプレッシャーというのを推進力に変えることで頑張る気力が芽生える。月収20万円じゃ家族養えないから、もっと頑張る!みたいなね。

これも無償の愛になるけど、他人のために見返りのない時間と労力を使うってことだ。そしてそれを腹にくくって頑張ると、不思議とうまくいく。ぼくは家族がいるときのほうが収入が上がるジンクスがある。

結婚で得るもの⑤ 経験、人間的成長

いろいろひっくるめるとこうなる。家族を持つことはいい経験だ。自分勝手に生きることは叶わなくなるけど、その代わりそれを耐える度胸はみにつく。また、結婚や離婚も大きな経験となる。

どちらも紙切れ一枚の手続きでしかなく、その2文字に特段の意味はないのだ。それに彩りをつけて思い出にするのが結婚式だったりするだけ。

そういう虚無感を得ることの経験もできるし、そうやって俯瞰もできるようになる。もちろん、それは自分に対してであって、他人のそれに対しては普通におめでたい!と祝うことだってできる。

総じて経験となる。結婚や離婚を通した人が落ち着いて見えるのはそういう違いがあるからだと個人的に感じる。とくに子供のいる家庭を持った経験がある人は、だ。

結婚(家庭を持つこと)は墓場なのか?

ぼくの結論は「訓練場である」になった。

清濁併せ呑んで人間的に成長する場…って感じだ。結婚で得るもの失うものはたくさんある。それらを経験して、人間としての器を大きくしていくわけだ。

ただ、ぼくはもう絶対に結婚はしない。結婚は最終的に「法律」で縛られるからだ。これは離婚まで経験した人にはわかるはず。超理不尽なものだ。鎖に繋がれる。でも結婚は別に家庭を営むにあたって必要のないものなのだ。だからぼくは結婚をせずに家族を営んでいく。

あなたがどうするかは勝手だけど、結婚してもしなくっても得るもの失うものはあるんだよね。

>>ヒキコモリズムのちょっとゆがんだ恋愛論