逃げることは全力で前に進むこと。全然悪いことではない。

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嫌なことから逃げる

っていうのはなんかすげー悪いことに思われてるよね。「嫌なことから逃げてたら成長はない!」「は?逃げんのかよ雑魚」とはよく言われるものです。が、それってそんなに悪いことなの?って俺は思うわけですよ。

所詮人間なにかから逃げてる

人間なんて逃げずには生きていられない。だって嫌なことなんて嫌になるくらいあるし、全てに立ち向かってたら体も心もいくつあっても足りないっすよ。

一見果敢に何事にも立ち向かってるように見える人でもさ、結局はなにかから逃げてるんです。一生懸命サラリーマン続けてる人だって、それは挑戦してるって面が強調されるけど「給料がなくなる」って事態から逃げてる一面もあるでしょ?

この記事でも書いたけど、本当にやめたいならすぐやめりゃいいけど、それでもやめないってのは給料がなくなって生活に困る事態から逃げたいから、一生懸命続ける…っていう捉え方もできるわけさ。

参考記事:「会社やめたいんです」って本気で思うなら明日やめてこいよな – ヒキコモリズム

逆に俺みたいにすぐにでも会社やめちゃうような人間は、会社に埋没して消耗していく未来から逃げたくてそうしてるわけ。つまりどっちに転んでも逃げてることに変わりないのよ。

たぶん、俺は経済的困窮するようなことがあっても会社勤めはしないかもしれない。一旦実家に戻るか?どこか底辺からブログ一本で再起測るとか、そういう方向になるとおもう。だって、また自由がしばられるのが耐えられない。だからその未来から逃げるために今でも努力してるわけ。引きこもりを継続するためにね。まあ実家にはたぶん帰れないけどな!

結婚したい意識が高い人は、いい意味で結婚したい欲がある反面「周りが結婚してるのに自分だけ置いてけぼりくらってる(という思い込み)」から逃げたいって側面もあるんです。だから必死こいて相手探すわけで。

逆に結婚とかクソくらえ!なクソ価値観で生きてる俺みたいな人間は「結婚してあーだこーだ縛られる状態」から逃げるためになにがあっても結婚はしない。「俺と付き合うなら結婚は諦めてね」という言葉に耐えられる女しかこないわけで。まあ今の相方。

参考記事:結婚無意味説。結婚は第三者が決めた謎な制度で、幸せな家族を作り家庭を営むにはなくてもいい。 – ヒキコモリズム

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逃げるということは退くことではく進むこと

逃げるって言葉はイメージとして後ろ向きだったりまあネガなイメージを膨らます言葉なわけだけど、実はそうじゃないんだよね。

逃げるってことはさ「違う方向に進むこと」なんすよ。例えば怖い人に絡まれた時に一目散に背を向けて逃げるでしょ?これって物理的に考えたら、後ろ向きに進むことではなくて違う方向に全力で進んでるだけなんだよね。本人からしたら前に進んでるんですよ。もし後ろ向きならそいつはムーンウォークをすげー早さでやれるすげー人だ。

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つまり逃げるって行為は=全力で違う事実へ足を向けること。なんだよ。怖い人に全力で立ち向かうか、逃げずにいたらボコボコにされる事実が待っているはずだ。そこから違う事実を作り出すのが「逃げる」という行為なわけ。

違う世界線へ移動するんだよ。シュタインズゲート的にいえば。

全力で逃げていけば違うどこかへつく

嫌なことに立ち向かうのも、逃げることもそれなりのストレスがあります。

どっちにしても不安です。逃げれば周りは「逃げる雑魚が!」って目で見てくるし、逃げながら新しい目的地へ向かわないといけない。逃げずにいたらその場に居続けなければいけない。どっちにしても多少のストレスは降りかかるわけ。

でも、全力で逃げるために進み続ければどこかには辿り着くわけ。で。逃げ続けるにはやり続けないといけないんだよ。逃げ続けないといけない。犠牲も厭わないくらいね。

会社員にもう戻りたくなくて逃げたなら、その現実を保つために会社員生活から逃げ続けるためのなにかをしなければいけないんだよ。業を身につけてお金を稼げるようになる…とかさ。歩み続けないといけない。一寸先は違う現実だ。闇だ。

だから常に逃げつづければいい。嫌な現実から逃げ続けるために前に進み続ければいいのさ。

一番かっこ悪いのは逃げる覚悟も、その場にいる覚悟もできず、誰かに助けを求め続けることだ。自分では動かずに他人に依存することが本当にみっともない逃げ方だ。