親の期待を背負うあなたへ。親の期待は捨てて自分の人生を歩もう

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ぼく世代(20代前半)の話を聞いていると、みんなにとある共通点があります。その共通点っていうのがなかなか根深くて、そのため人生ちょっと損してるな〜って感じてしまうことがしばしばあります。

ぼくの考えはいつでもシンプルに「自分の好きなようにすれば?」です。

親子の「期待」という重荷

親子関係って人間関係でも一番深く、なかなか切ることができませんよね。お腹痛めてうんでくれて、苦労して育ててくれた手前、親を裏切ることにはすごい罪悪感を感じますよね。けど同時にこう思っている人も恐ろしく多い。

・親のいうことを聞いて生きてきたけど、なにも楽しくない

・親がわたしにすごく期待してくれるけど、叶えたいと思えない

・結婚した後まで親が介入してきて困る

親の考える子供への愛情と、子供が自分に向ける幸せ像っていうのはなかなか一致しません。もちろん子供が親の背中を見て育ち「俺も親父みたいに…!!」って思ってるパターンは例外かもしれませんが、だいたいが親子の間ですれ違いが起きているようです。

親の期待という「愛情」が子供を苦しめているかも?

親はいつまでも親なのでいつまでも子供を気にかけます。それって素敵なことなんだけど同時に子供の自立を妨げるかも?親は子供を愛するあまり「愛情」という形で、子供におせっかいをやきます。

親のなかにはたくさんの子供の思い出が。

でも子供においての一番の幸せって「自分の思う人生」を歩んでいることなんですよね。親がなんと言おうと、子供には子供の人生があるわけで。そこにいつまでも介入していると子供はなかなか自分の足で歩き出すことができません。それってとってもつらいことなんですよね。

子供は優しいから親に気を使います。できれば期待に応えようとします。でも同時に心のどこかで、耐えています。

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子供の「優しさ」が親を不幸にしてるかも?

子供が早く自分の足で、頭で判断して自分の思うように生きることは最終的に親も幸せにします。もちろん親のいうことを聞くことはいいことのように思えますが、それって同時にお互いに「依存関係」を継続することになります。

子供が親の期待に応え続けている限り、親はいつまでも子供の人生をコントロールしないといけなくなります。期待しないといけなくなります。いつまでも心配しないといけません。それって親にとってもつらいことだと思うんです。親には親の人生がある。

子供は親の期待を早めに裏切っちゃおう!

親の期待を裏切ると、最初は責められたり理解されなかったりします。けれども最終的には親は子から解放されて、子は親から解放されます。それぞれの人生を生きていけるわけです。

かくいうぼくも中学生まではお利口さんの優等生で、親が「勉強していい大学でればいい職業につけるぞ」と言われてました。んで、すなおに机に向かい常に成績はトップでした。けど高校生になるにつれ自分のなかに「ものすごい違和感」が湧いてきたんです。

・こんな勉強がなんの役にたつ?

・俺の人生のなかで今ここでやっていることは必要か?

・俺は将来こんなことしてたいのか?

と。でもそれを胸に秘めたまま大学まで進学しました。親の期待を裏切れなかったんです。でも心の中で、もうこの先に道はない…ということを実感してたんです。ぼくがなりたいのはサラリーマンではなく、別の何か。なら学歴はいらない。

そして、我慢できなくなり大学を退学。同時に親から破門宣告されました。

意味のある親子の別離や裏切り

破門宣告されて、親の援助がなくなった瞬間地獄のような生活苦が待っていました。けれでも同時に「自分の足で立って生きること」を身を以て学ぶこととなりました。この時初めてぼくは自分の人生を歩き始めたんです。

同時に親は、親の人生を歩き始めました。

周りからはいろいろ攻め立てられましたが、無駄な時間を1分でも過ごしたくなかったんです。だって学校で得るものを感じなかったから。ならひとつでも外で多くの経験を積むべきだ、と19歳のぼくは思いました。当時のぼくは高校時代ですら無駄な時間だったくらいに思っていました。

例えるならばプロテニスプレーヤーになりたいなら学校で授業受けてる時間、テニスをするべきなんですよね。それを親が言うから…と言ってお勉強してては、24時間テニス漬けの人との差は埋まりません。お勉強してる時間が無駄なんです。

親の期待を裏切り、別の道を歩んだ先での再会

親子関係も物語です。たとえ別離したところで結局はつながります。しかも別離した後の再会後はお互いのことを理解しています。それぞれが自分の人生を生きたことで、お互いの人生を尊重しあえるんです。

ぼくの親は国家公務員です。ぼくはそんな公務員にお堅い道を進められてそれに背き、不安定な生き方を選びました。それがかっこいいと思ってたんです。だけど、そこに待っていたのは想像以上の険しい道。それを経験して、父親はこんな経験をぼくにさせたくなかったのか…と実感しました。親の真意がわかったんです。

同時に親は、自分の安定した人生に実は不満を抱えていました。若かりしころにじぶんも冒険した結果ホームレス寸前まで追い込まれたことを思い出していたようです。その結果、安定した公務員という道を選んだ。けど同時にもっと自由に挑戦しておけばよかったと後悔したと言っていました。そして、子であるお前(ぼく)に勝手に自分を重ねていた、と。

お互いがじぶんの人生に集中した結果、いままで見えていなかったものが見えたんですね。

親子もしょせんは他人。期待しちゃいけないしできない

親子といえどもしょせんは他人であって、同じではないのです。つまり同化できない存在同士なんです。それをお互い早くわかった方がいい。そうしないと何年たってもじぶんの人生に目を向けられず、他人の人生を生きる羽目になる。

そんなの、お互いがお互いを地獄に落としているようなものです。

だから早くお互いに裏切る。こいつは思い通りにならないんだって認識させる。そうすればいままで他人のために使っていた時間をじぶんに当てることができます。

なのでぼくは大学を辞めてから、いろんなバイトを経験し時には食うものにもこまりました。家に帰って飯があるありがたみも実感しました。まさかの早期結婚や子育て、そして離婚まで経験しました。

サラリーマンになっても2年で辞め、以降フリーランスとして働きました。で、いまは引きこもりで地方に移住しようとまでしている。そんな向こう見ずなぼくをそっとしてくれている親には頭が上がりません。

親は子供が幸せならいい。子供は逆。結局そこ

結局、親は心配ゆえの愛情で子供に干渉します。子供は親を傷つけたくなくて言う通りにします。けど大事なのはお互いが幸せになることです。どんな人生でも親は子供がなんだかんだ幸せそうならいいんです。子供はそんなじぶんを見て安心してる親がそこにいれば満足なんです。

だから親の期待を裏切ろう。じぶんの人生を全うしよう。

親の期待を背負い続けるあなたへ。いますぐその重荷を捨てましょう。そしてじぶんの人生をまっすぐいきていきていきて最後に親に心から「産んでくれてありがとう!」といえばいいです。

なんでこんな俺を産んだんだよ。
俺はなんのために生きてるんだよ。

と思ってしまってはせっかく産んでくれた親に失礼です。最初に親になんと言われようとじぶんの人生を作り出して精一杯感謝すればいいんじゃないですか?人生の中心はじぶんです。親はその場を提供してくれたけど、だからって親のマリオネットみたいに生きるのはよくないです。

ピノキオみたいに、じぶんで意思を持って生きていきましょう。そうしたら親も将来的に手が空いて楽になりますよ。

>>あなたが心配だから…と子供を縛るのはやめよう